日本に帰るのは4月7日になりますが、最初の計画と違って、帰国直後にまた仕事に就くことになりました。
新しい仕事に慣れるまでは忙しくなりそうなので、その分だけロンドンでのんびりしてきます。
家族と離れてドイツで働いた2年間は貴重な体験でした。若い同僚たちの中で、私は充分な機動力にはなれませんでしたが、和気あいあいとした職場環境の中で働くことができたことを幸運に感じています。
日本に帰った後は今度こそ、みなとみらいの家に落ち着いて、今後(老後かな)の生活計画を立てたいと思います。
2,3日前の凍えるような寒さとはうって変わり、今日はぐっと寒さが和らぎました。まさに三寒四温といったところです。
ザウルガルでの最後の日曜日、コーヒーでも飲もうと町に向かうと、いつもの日曜日にはない活気が感じられ不思議に思っていると、教会広場に向かう道が、新車やバイクの展示場に様変わりしていました。
カフェを出た頃には車の数も増え、雑踏の中、歩くのも困難になっていました。私は車のことは全くわかりませんが、カラフルな新型らしきオープンカーも展示され、乗ってみたり、触れてみたりと大盛況でした。
今日は教会のてっぺんにコウノトリが戻っていましたが、この写真の車のボンネットに映った巣の中にも見えると良かったのですが…。
学校に戻ると今年度最後の軽音ライブコンサートが進行中でした。全校生徒67名のうち3分の一が軽音部員ということからも、バンド演奏がいかに若者に人気があるかわかります。
演奏中の音が外に漏れないように、授業棟の窓をダンボールで覆い、ステージを業者からレンタルし、部員たちは日頃の成果を披露することに情熱をかけていました。授業ではあまり目立たない生徒が、熱っぽく歌ったり、一心に演奏している姿が印象的でした。
学年末考査も終わり、私のドイツ桐蔭での勤務もあとほんの僅かとなりました。
ずっと非常勤講師だった私が、こちらでは専任教員になり、最初は仕事の多さに戸惑い、自信をなくすこともありましたが、どうにか2年間の任期を勤め上げられたことに今は満足しています。
だた少々疲れたかな、と感じているのも本心なので、日本に帰ってたら、少しのんびりして、それからゆっくりとこれから先したいことなどを考えてみようと思っています。
15日に日本に帰国、あるいは一時帰国する生徒を送り出した翌日、私も2年間住み慣れたザウルガルを出て、ロンドンの娘のところに行きます。
日本に帰るのは4月に入ってからになりますが、ホームページの方は細々と続けていくつもりです。お気が向かれたときに訪ねていただけましたら嬉しく思います。
昨日の日曜日、同僚に誘われ、3人でドイツの最高峰ツークスピッツェ(2956メートル)の山頂でスキーを楽しんで来ました。
去年のサマーキャンプでやって来たガルミッシュパーテンキルヒェンの町から、ゴンドラに乗って山頂に上ると、眼下に広がる絶景に息を呑みました。
雪を頂いた切り立った山々が連なり、人間が住む下界とはかけ離れた神聖な気高さを感じました。
山頂はオーストリアのチロル地方と国境を分かち、遥か遠くにはイタリアのアルプスを望むことができました。真っ青な空の下、広々とした斜面を悠々と滑り、ランチはガラス張りの素敵なレストランで、素晴らしい景色を眺めながら、同僚はビールを私はワインを飲みながら、贅沢な時間を過ごしました。
飲酒運転ならぬ飲酒走行などして大丈夫だろうかと内心不安でしたが、少し息切れはしたものの膝が萎えることもなく、無事に滑ることができました。
もう 1回、もう1回と滑り、それまでは抜けるように青かった空にうす雲がかかり、真っ白な雪面にも影が落ち始める頃になると、私たちも楽しかった1日に終わりを告げて、ゴンドラ駅に向かいました。ウィンターキャンプでアルプスの山々に別れを告げたはずなのに、またこんな素晴らしい贅沢な時間を与えられたことに感謝して家路に着きました。
宗教改革で有名なこの町には、歴史的に重要な見所がたくさんあり、生徒たちは班別にその中から2箇所を選んで見て回りました。
私は聖アンナ教会のチェックポイント待機となり、他の場所は見学できませんでしたが、生徒を待ちながら、ゆっくりと中を見て回ることができました。
ここは1517 年にルターが宗教改革を始めた時に使われた教会で、ルターにまつわる文献が数多く展示されていました。
前方の祭壇は、フッガー家という、イタリアで言えばメディチ家にあたる当時の富豪が作ったヨーロッパ最古のルネサンス様式のものでした。(以上は、世界史巡検班を引き連れて入って来られた先生の説明を聞いてわかったことですが…。)写真は、綺麗に装飾が施された教会の回廊です。
午後は恒例に従ってボーリング場に向かい、生徒も教員も楽しいひとときを過ごしました。私は惨めなスコアだったのでこちらについては何も書かないことにします。
5日間続いたファスナハト(謝肉祭)のお祭りが終わり、最終日の火曜日は学校全体でパレードを見に行きました。
写真の上の方に吊り下げられているのが、『悪の権化』とされている魔女の人形です。
『魔女焼き』の儀式は夜7時半頃から始まり、主催者のスピーチの後、魔女が、(後から聞いたところによると)豚の内臓に水を入れた物で叩かれた後、再び吊り上げられて火がつけられました。
今年は同僚の写真に、炎に焼かれる魔女の様子がよく撮れていましたが、いくら人形だと言え、あまりにもリアルで残酷に思えたので、そちらの写真を選ぶのはやめました。
ここザウルガルは中世の時代、実際に『魔女狩り』が頻繁に行われていたことが史実として残っているそうです。ドイツ語なので全くわかりませんでしたが、主催者のスピーチは、このような暗い歴史は2度と繰り返さないようにという戒めだったに違いない、などと勝手に解釈しましたが、実はそうでもなかったようです。
ファスナハトの終わりと共に、この地方には春が訪れます。あと1ヵ月余りのドイツでの生活を大事にしたいと思います。
ウィンターキャンプから帰った翌日は土曜研修日。ザウルガルから遠出できる日はもう今日しかないと思い、スキーで体の節々が痛むのを押して、ウルムに行ってきました。
ヨーロッパ第一の高さを誇る大聖堂(162m)に初めて登りましたが、スキー疲れか、息切れして、何度も立ち止って休憩しないとダメでした。
ケルンの大聖堂に比べて僅か数メートルしか高くないのに、ずっときつく感じたのは、狭いらせん階段がひたすら続く構造のせいだったのかもしれません。このようなとてつもなく高い塔に登るたびに、どうして人間はこんな大それたものを作らなければならなかったのだろう、という疑問を抱きます。
写真は頂上から見たウルムの街で、遠くに見えるのはドナウ川です。地上に降りた時は、膝がガクガクして、またまた足腰の衰えを感じされられました。
1月21日から25日まで、Zell am Zee(オーストリア)で4泊5日のウィンターキャンプが行われました。
今年は第1日目に降った雪と、その後の晴天のお陰で絶好のスキー日和になり、怪我をした生徒もなく、全て順調に行ったと学校側も大満足でした。
だた、いつも使っているユースの手違いで、私たち教員7名が別のホテルをあてがわれるというハプニングがありましたが、結果的には、生徒集団から離れ、快適なホテルでゆったり過ごさせていただくことになり、内心喜んでしまいました。(他の先生方には内緒ですが。)
去年と同じKaprunのゲレンデで、リフトに乗り雄大なアルプスの山々を眺めていると、この1年間を飛び越えて、ちょうど1年前の自分がそこにいるような気がしました。スロープの上に立ち、イギリスの娘に、『これから滑りまーす。このアルプスの絶景を見せてあげたいな。』とメールを送ると、滑り降りている間に着信音が鳴り、『とにかく転ばないようにね!』と返信がありました。
私が怪我をして周りの人に迷惑をかけることだけないようにと十分注意していたつもりですが、転んだときに顔面を2回も打ってしまい、目の周りがパンダのようになってしまいました。やはり知らず知らずのうちに、体力的に無理が来ているのかなと、ちょっとしょげています。
このウィンターキャンプが終わり、本当にホッとしていますが、アルプスの中の広々としたスキー場で滑ることなどもうないかもしれないと思い、美しい山々の姿を目に焼き付けてきました。
26日には末の息子が日本から到着し、27日には主人が福岡から合流し、家族全員が10年振りにロンドンに集まりました。
その一週間は、家族全員で行動することもあれば、息子二人は、サッカーの試合を観戦に行ったりと、思い思いの休日を楽しみました。
ロンドンの外観は10年前とあまり変っていませんが、8年振りにロンドンに来た息子の第一印象でもあったように、ますます人種の多様化が進んでいます。娘とバスで少し校外のショッピングセンターに行った時、そのバスには英語を話す人がほとんどいなかったくらいです。
元旦はHighgateにあるKenwoodの広大な庭園を歩きました。沢山の家族連れや、犬を散歩させているイギリス人が、休日の散歩を楽しんでいました。(写真)
主人と息子が日本に帰った後は、一人でロンドン歩きを開始しました。朝7時前に仕事に出かける娘と一緒に家を出て、まだ薄暗いピカデリーサーカスのカフェでコーヒーを飲みながら、駅で配られる無料新聞を、お店が開き始める時間まで何紙か読んでいました。
どの新聞も同じような記事を掲載していますが、政治問題から、芸能人のスキャンダルまで盛り沢山で、イギリスの世相を手っ取り早く知るひとつの方法だと思いました。
外がすっかり明るくなると、本屋で教材を探したり、ビーズショップに通ったり、セールをあちこち覗いたりして一日を気ままに過ごし、5時過ぎに仕事を終えて出てくる娘と、バンク駅のカフェで待ち合わせるというのが日課でした。
仕事が始まれば大変になるのだから、と自分に言い訳して、3週間近くをロンドンで心ゆくまで楽しませてもらいました。
12月23日、一足先にロンドンに行き、24日は娘と彼氏の家に上の息子も泊まりに来ました。
25日の朝は、それぞれのストッキングに詰められたプレゼントをひとつひとつ取り出しながら、私も童心に返って歓声を上げていました。
その日は娘の彼氏の家のクリスマスランチに招待されていました。ランチはシャンパンの乾杯から始まり、特大サイズの七面長の丸焼きのスライスをワインと一緒にいただき、その後にコーヒーとクリスマスのお菓子ミンスパイを平らげた頃には、すっかり満腹になっていました。これで終わりかと思いきや、おしゃべりをしている間に、今度は軽食にと、トレイにどっさりと盛られた数種類のチーズとサラダが用意され、再び食事が始まりました。
娘の彼氏のおじいさんとおばあさんにも始めてお会いしましたが、80歳を過ぎた高齢にもかかわらず、よく食べ、よくおしゃべりされるとても楽しい御夫婦でした。
こうしてクリスマスの食事はいつまでも続き、家に帰ったのは夜中の12時を過ぎていました。(写真は私のストッキングに入っていたプレゼントの山です!)